2016/02/19

(評・映画)「大地を受け継ぐ」 福島に生きる農業者の声

2016年2月19日 朝日新聞
http://digital.asahi.com/articles/DA3S12217801.html?rm=150

作品のほぼ全編が、福島で農業を営む男性の、一人語りで占められる。しかし当事者による話は愕然(がくぜん)とする内容が多く、思わず聴き入らずにいられない。

2011年3月、震災後の福島で、農業を営む男性が自殺した。地元の農業団体から、農作物出荷停止のファクスが届いた翌朝のことだった。遺体を発見したのは息子の樽川和也氏。会社員を辞め、代々続く実家の農家を継ぐため、地元に戻って、父から農業を学び始めていた。

だが、原発事故によって福島の土壌の汚染が伝えられたあと、父は「おまえに農業を継がせたのは間違いだった」と言う。その直後に自殺した父から、最期に与えられた言葉としては、あまりに重い。

その後も樽川氏の苦難は続く。放射能汚染によって米も野菜も売れない。汚染度を測るモニタリングを通過しても、決して濃度は低くはない。樽川氏は正直に「最初の年は、自分で作った野菜を食べることができなかった」と語る。汚染濃度が低下しても、野菜の値は下がり、農家の人々は生計を立てる術(すべ)を奪われたまま、いまだにその補償は十分に機能していない。

それでも樽川氏が、この土地に住み続けるのはなぜか。農作物の出来を左右するのは土だと、父は言い続けた。農地は耕さなければ草が生え、荒れてしまう。先祖代々受け継いだ土地を守るため、彼は今年も農作業を続ける。

樽川氏の感情を抑えた声と、順序を踏まえた話はわかりやすい。なにより率直に語る姿勢に、人として興味を覚える。ラスト間際に写る、とある写真には不意を突かれ、思わず落涙。
(真魚八重子・映画評論家)
    *
20日公開

「大地を受け継ぐ」

0 件のコメント:

コメントを投稿