2014/11/19

甲状腺がんについて 〜声守れ がん摘出時に神経再建〜


 のど仏のすぐ下にある甲状腺にできたがんの摘出手術を行うと、発声にかかわる声帯の神経が傷つき、声が出にくくなることが少なくない。甲状腺の病気を専門的に治療する隈病院(神戸市中央区)は、手術の際、声帯の神経を別の神経とつないで発声機能を守る方法を開発、積極的に進めてきた。

■    □

 甲状腺は、体中の細胞を活発に活動させる働きがある甲状腺ホルモンを分泌する。チョウが羽を広げたような形をした臓器で、すぐ後ろには声帯を動かす筋肉をコントロールする「反回神経」が走る。

 甲状腺がんの手術では、がんの場所や大きさにより、甲状腺の全摘出か部分切除を行う。その際、できるだけ反回神経を傷つけないように注意を払うが、がんと神経が癒着している場合、その部分を神経ごと切り取らねばならないことがある。

 反回神経が傷つくと、声帯の筋肉がうまく動かず萎縮して、かすれ声となり、一息で長くしゃべれなくなる。また、飲食物が誤って気管に入る誤嚥ごえんも起きやすい。高齢者だと、誤嚥が元で肺炎になり、命にかかわることも。


 隈病院の院長、宮内昭(68)=写真=は1990年代前半、がんに侵された反回神経の一部を切除し、残った部分を近くの運動神経と縫い合わせて、反回神経を再建する方法を考案した。こうすれば神経の機能が改善し、声帯の萎縮が抑えられると考えたという。

 隈病院ではこれまでに300人以上にこの治療を行い、多くの症例で声帯の萎縮を抑える効果が確認できた。宮内は「9割以上の方が、ほぼ元の声を取り戻している」と話す。

■    □

 兵庫県内に住む女性(48)も、反回神経の再建を受けた一人だ。98年に甲状腺がんが見つかり、隈病院を受診、手術が必要と診断された。翌年、がんの摘出手術と同時に再建を受けた。手術後しばらくは声が出にくかったが、1年後には完全に回復した。

 女性はその後、2000年から10年余り、地元ラジオ局で番組の司会者などを務めた。リスナーから「声が好きで、毎日聞いています」とのはがきをもらうこともあった。「普通に声を出して話せることのありがたさが、身に染みて分かった」と話す。

 宮内の考案した反回神経の再建は、各地の医療機関にも広がり始めている。

 「甲状腺がんの手術で声帯を守ることは、生活の質を維持する点で、がんを切り取るのと同じくらい大切なこと」と強調する。(敬称略、竹内芳朗)



微小な乳頭タイプ 経過観察も

 国立がん研究センターの統計によると、1年間に新たに甲状腺がんと診断された患者は、1975年は1700人だったが、2010年は1万3400人と約8倍に増えた。「検査技術の進歩で、小さながんが見つかるようになったことが大きな要因」と宮内は分析する。死者は75年は600人で、10年は1700人だった。患者数の増加のわりに、死者はそれほど増えていない。

 その理由は、甲状腺がんの大半が、比較的命を脅かす心配が低いとされる「乳頭がん」と呼ばれるタイプだからだ。

 がんが見つかれば、種類や大きさを問わず、積極的に手術をする病院もあるが、隈病院では21年前から、直径が1センチ以下の微小な乳頭がんなら、年1~2回の経過観察にとどめるよう勧めている。

 宮内は「微小な乳頭がんはほとんど進行しないことが多く、進行したとしても速度が遅い。経過観察中に大きくなった場合、それから手術しても間に合う可能性が高い」と話す。

 隈病院ではこれまで、微小な乳頭がんが見つかった1200人を経過観察。10年間で3ミリ以上大きくなった人は8%だけだった。その人たちには手術を行い、経過は良好だったという。

 ただし、微小な乳頭がんでも▽すでにリンパ節に転移している▽気管や反回神経に近く、他の組織への影響が懸念される――といった場合は、手術をした方がよいとしている。


2014年11月16日 読売新聞
http://www.yomidr.yomiuri.co.jp/page.jsp?id=108076

0 件のコメント:

コメントを投稿